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未曾有の夏休みにアスリートを観て考えてみた… [日々着眼時々思案]



あまりに、ブログを書いていないので、色々広告が出るようになってしまいました。久々に書きましょう(笑)。まあ、書くモチベーションがなくなってるのは、やっぱり音楽活動が少なくなっていてそのニュースがあまりないからですね。コロナ前は毎年ツアーやらイベントやら色々やってたこの季節、今年は8月半分以上休みですから。こんなことは初めてです。まあ隠居ですね(苦笑)。

 

さて、色々分断を感じる今日この頃、その最たるものの一つであるオリンピック(あとオータニさーんの試合も)、僕はかなり観ています。僕はオリンピック開催について賛成反対の意見は公に言ったことはありませんが、仮に開催反対だとしても観て興奮したり盛り上がったりすることは矛盾しないと考えています(まあ矛盾と言ってもいいんですが、その矛盾こそが人間だと思ってます)。面倒くさいからその点を細かく説明はしません。人間活動というのは複雑非合理的だ、とだけ表明しておきます。

 

音楽をやっていることも、楽器を弾くということは、アスリート要因を含みます。そういった身体の使い方を究極レベルで追求しているオリンピックアスリート達の様を観ているだけで僕は感動できます。メダルメダルで大騒ぎしますが、もう6位入賞とかだってとんでもないことだってよく思います。だって世界の6位ですよ!

 

例えば、いま柔道人口をちょっと検索してみました。

https://honichi.com/news/2019/08/30/judopopulation/#judopopulation-3

 

ブラジル200万人、フランス56万人だそうです。どっちも大雑把に国民全体では100人に1人くらい柔道やってるわけです。そんな中で世界ベスト100に入ったってとんでもない方々なわけです。ちなみに日本では20万らしい。600人に1人…。

 

仮にジャズギタリストオリンピックみたいなものがあったとします。直感ですが、間違いなく日本で100万人ジャズギターやってる人はいません。ちなみにいま調べたらクレー射撃の競技人口は12万、ジャズギターはもっと少ない予感がしてます。

 

「ジャズギター」で世界を見てみましょう。サッカー、ゴルフ、テニスetc. のようなメジャー競技と比べたら、いわゆるマイナー競技であることは間違いないところでしょう。それでもすごいギタリストあげてったら20人くらい直ぐあがります。世界20位だってとんでもないレベルです(そんな順位をつけられるジャンルじゃないし、意味のない話ってことはおいといてくださいね)。自分は世界何位だろう、なんて仮に考えたら、いかにいまオリンピックで予選出てる人たちが凄いか、ってことを痛感するわけです。

 

そんなトップアスリートの戦う様は観ているだけで勉強になるし、参考になります。フィジカル的な面では、身体の使い方、どういう動きが美しいのか、またメンタル面では、どういうきっかけで厳しい状況を乗り越えていくのか、そういったことです。

 

実は昨日、オンラインサロンに約20年前のライブ映像をあげました。かなりのアップテンポスイング。そのときに弾いていたフレーズを弾いてみようとするとそのまま弾けない。身体の使い方が違うのです。

 

これはプレイヤーのアスリート的な側面です。楽器を弾いている以上、アスリート的な面は必ずある。僕は正直シニアプレイヤーです。30代の頃とは違います。ただ、ピッチャーが速球だけで押していた若い頃とスタイルを変えて配球やコントロールで勝負、みたいなことが演奏家にもあるのです。

 

僕はバキバキ力任せに弾いていた若い頃(20代後半まで)のようなプレイはいまはできません。あの頃、弾いてたフレーズも弾けないものも多いです(オルタネイトピッキングでかなりフルピッキングに近かった)。ジョンさんに多大な影響を受けた20代の頃(正確には23~29歳)は、「弾き方を変えていった」時代だったのですが(つまり身体の使い方を変えていった)、確か20代最後の頃罹った「橈骨神経麻痺」が決定的となりました。一度握力ゼロになって全く弾けなくなって2ヶ月くらいほとんど弾けない時期がありました。その後何かが変わりました。前のような弾き方はできなくなった。

 

その後はほとんど両手には力を入れない弾き方になった。自分としては「フニャフニャ奏法」ですね。ところが面白いことに、その頃からまわりの人が僕のプレイを評価してくれることが増えました。僕が教則ものを出したりリーダーアルバムを出したり色々仕事をし始めたのがその頃からなのです。自分としては前弾けたようなことは弾けなくなってしまったのに、です。

 

面白いものです。

 

いま、思ってることは、若いときに弾けた(弾いていた)ことをそのときの身体の感覚で弾こうと思ってもダメだってことです。色々と身体の使い方(運指とかもありますね)を意識して、いまの布川爺のプレイにして行かなければってことです。

 

そんなことをアスリートの勇姿を観ながらギターを練習したりして思ったりするわけです(オリンピック観てると練習モチベーションが上がります)。

 

今夜は、オリンピックでは個人的には一番盛り上がってる「卓球女子団体決勝」。心して学びたいと思います。



 


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オンラインサロンと清水聡のこと [日々着眼時々思案]

 

 

おはようございます。6月になりました。ちょっと新たな気分です。

 

この1年、自分の仕事として最も大きな位置を占めているのはオンラインサロンです。しょっちゅう教則や映像ネタ考えてますね。ブログもそのことばかり書いてるしね。他のネタなくて(苦笑)。

 

そのサロンが1年1ヶ月を経過して新たな展開となりました。ベーシスト、映像クリエイターの 清水聡 に任せていたサロンの管理人業務を僕自身が行うことにしました。サロン立ち上げのテクニカルなことは全て彼が行いました。その後1年間は、管理人としてきっちりと仕事をしてもらいました。彼の尽力あってこのサロンが上手くいった。心から感謝しています。

 

加えて、補助金関係、映像&写真撮影などでも大変お世話になっています(僕以外にも彼にお世話になっている人は多数いることでしょう)。和田明とのBlue JourneyのPV、矢堀孝一との対談動画、まきやまはる菜とのライブ映像などは彼が撮影し制作したものです。

 

僕は、1年ちょっと前「恐竜から哺乳類に進化して新ジャズ渡世人になる」とSNSで宣言しました(笑)。まあ、哺乳類は無理だとしても、何とかオンライン時代にも対応する「新ジャズ渡世人コロナ対応恐竜」になっているのではと自己評価しています。これも、彼の指導があってのことです。

 

ビジネスに長け、賢くてヴァーサタイルな能力があり、そして音楽やアートへのパッションもあり、何よりもフェアであるということを大切にする信用できる若者と一緒に仕事をできたことは大変幸運なことです。

 

サロンは、外から眺めててください。今後も色々一緒に仕事して行きましょう。

 

 

Blue Journey(和田明 布川俊樹) PV

https://www.youtube.com/watch?v=S3G9vrlA5rk

 

●プロの会話を盗み聞き

布川俊樹 矢堀孝一 対談動画

https://www.youtube.com/playlist?list=PLXPG4H4nZXlZUOfD_GqwgCMAnWJDMvUPL

 

●モダンジャズギターの巨匠2人に捧げたライブ配信アーカイブ

布川俊樹  まきやまはる菜 Neuduo

https://toshikinunokawa.com/asp-products/20210223/

 

 

 


 

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正月にコロナ時代の1年を振り返る [日々着眼時々思案]



正月にコロナ時代の1年を振り返る

 

なんか「コロナ禍」っていう言葉が性に合わない天邪鬼性格なので(With Coronaも好かん)、たぶん文章で1度も使っていません。僕はずっとコロナ時代って呼んでいます。

 

まあ、僕のいる業界にはどう考えても「禍」ではあったと思うんですけどね。

 

僕もかなり収入は減ったけど、音楽業界(あるいはジャズ業界)ではだいぶマシだった方だと想像します。まわりを見ても、結構なベテランミュージシャンたちでもバイトを始めたとかいう話はよく聞きます。僕はたまたまラッキーなことに大学で教えてたり、教則本出せたり、早くから(と言っても一昨年2019年)YouTubeチャンネルで教則映像もアップしていたから、スムースにオンラインサロンとかも始めることができました。生徒は正直言って1/3くらいはいなくなったけど、オンラインサロンが少しの助けになってます。

 

でも実は、コロナがなくても残念ながらもうここ10年、ホントにジャズマーケットは縮小してしまっていて、基本は「演奏する人」ばかりで聴きに来る層は少ない(特に若年層はいない)というのが僕の印象です(少なくとも僕の周りは)。世の中は、音楽(教則なども)に対してシェアという概念が主流になってしまったので、ストリーミングやYouTubeでほぼタダに近い出費で聴くことができます。ストリーミングだけで聴いてたら年間1万くらい。CD4枚買う値段で限りなく聴けるわけです。ライブシーンは、お店は軒並みチャージバック。そう言ったジリ貧的な状況(音楽ビジネスの末端ミュージシャンにとって)にこの「コロナ」が究極の鉄槌を下して顕在化させたとも言えるかな。ダラダラ下がってた株価に大暴落がやって来たようなものだった。

 

コロナ後は身近なミュージシャンのライブ映像もかなりタダで観れるようになってしまいました。だから残念ながら「ライブ中心のジャズの専業プロ」はほぼ成立しない世界になってしまったのかもしれません。以前から大変は大変だったけど、この「コロナ時代」に息の根を止められた。

 

僕は、縮小したジャズマーケットで生きる道を模索して「ジャズ渡世人」を名乗って約10年やって来ました。これをやらなかったらいまの僕はない。各地をまわり「布さん道場」のようなジャムセッションを始めて、CDは自主制作で作りそれを売り歩く、つまり渡世行商、寅さんモデルですね(笑)。いまは20年前のように正規ルートでCDが売れることは一部の例外を除いてありません。このモデルは、もちろん完全にリアルライブモデルで「コロナ時代」には当然そぐいません。ほとんどがストリーミングになった世の中でCDはライブのお土産品として売れるからです。

 

それじゃあ、コロナが終わってアフターコロナあるいはポストコロナの時代にリアルライブモデルが可能なのかどうか。スペイン風邪後のゴールデンジャズエイジ到来みたいのを神頼みしたいですが、一度引き篭もったマインドの人たちを呼び戻せるのか全くなんとも言えません(100年前のように抑圧されていた後の爆発を願いたいけど、ジャズクラブにやって来る人は高齢者ばかりという状況もあるし)。

 

一方で、当然「禍」の時代は、色々と価値観やら方法を全てひっくり返したわけで、この時代にやたらスキルを伸ばして新たな「方法」に転換した人、それにトライしている人も多いと感じます。ガラガラポンが起きれば、ベテランの既得権益層もへったくれもない。若者にはチャンスです。僕が新規参入したジャズ YouTube教則の世界だって、ライブシーンでは知らない人が僕より断然集客力があってポピュラリティーを獲得しています。そこはジャズのライブシーンとは別世界の価値観があって僕はペーペー新参者です(笑)。

 

サラリーマンの世界も、リモートになって「会社にいるだけ」の生産性の低い人をあぶり出した、なんて話をよく聞きます(僕はよくわかりませんが)。音楽の世界もそうだろうし、こんなやり方でなんとか還暦越えした僕なんかは、ジャズをビジネスの場と考えると(実感ではほとんど成り立たない感じですが、それを生業にしているので、生きて行くためには最低限のビジネスとして成立させないと自分が終わるって話です)、まあ旧既得権益層、あるいは恐竜的なベテランってところでしょう。コロナ時代が始まった3月あたりに「恐竜が鳥に進化すべく…」というようなことをSNSで呟いたんですが、始祖鳥になれたんだかどうか…(苦笑)。機敏に動ける若手はいわば哺乳類ってところでしょうか。恐竜は「自分のミュージシャン業の延命治療」とかそんなことしか考えられないからね。

 

 

教えることに関しては、ズームでの遠隔授業やレッスンは当たり前になりました。僕は、それにうまく対応するスキルを持っているとは自分では全く思ってないけど(全く好きじゃないし)、何度も心折れながらもガンバったと思っています。。5月に始めた「布川俊樹 JAZZ GUITAR オンラインサロン」では、地方の方々との新たな繋がりの場もでき始めました。また昨年からコツコツアップしていた教則映像的な内容を大学の授業にも生かすことができました。

 

コロナ元年はなんとか生き抜いて年は越せたけど問題は今年ですね。昨年のような給付金などの援助は期待できない。最近はとみにレコーディング仕事もなくなって僕のような「ジャズ渡世人」的に生きてきた人間は、このライブ業の残状では生き抜くことは難しい、というのが現実です。ネットでライブを配信することは、地方の人たちへの新たな伝達方法になったとはいえ、僕はやはり副次的なものと考えています。このコロナ時代には「仕方なく(たぶんミュージシャンとお店の苦肉の策として)」それが主流になったけど、もしリアルライブ時代が戻れば、それは併用するものとして使われるものになる気がしています。

 

昨年、自分が気合いを入れてやったライブの1つは10月末 Virtuoso赤坂でのVALIS Quattroのライブ2日間でした。2日めは一般公開して常時100人以上の視聴者がありました。でも投げ銭をして頂けるのはだいたい40人くらいの方々(矢堀店長の話だとそれでもいい方だそうです)。それではなかなかリハーサルや経費を使ってやる気合い入ったプロジェクトをやることは難しい。聴く側も乱立する配信ライブに食傷気味になっているって思います。

 

ここで、いままでジャズのお店などに行ってたけど、コロナ時代になって足が遠のいた方々へお願いがあります。もちろん、いまお店のライブに行ったりする気にならないことはよくわかります。会社からそういうことをするな、みたいな話になってる話も聞きます。非常にミュージシャンからこんなことを言うのも心苦しいのですが、ライブに来られないにしても、何らかの形で応援して頂けると嬉しいです。これは僕への、という話ではなくて、音楽シーンへの支援という意味です。ミュージシャンや多くのお店は苦境に喘いでいるし、今年も生き延びるためには、スポンサー支援しかないと思うからです。それがなければ、相変わらずミュージシャンやライブ業はただただサバイバルという話になって、狭いパイを取り合って、ジャズのようなニッチなジャンルはもっと縮小します。

 

いままででこんなことを言ったことはありませんが、いまこの「コロナ時代」のミュージシャンサイドの切なる願いです。

 

僕個人としては、今年もサバイブすべく色々なことをやって行くと思います。是非オンラインサロンを覗いてみてください。楽しいですよ(ハッハッハ)。

 

今年もよろしくお願いいたします。

 

 

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Facebook 「7日間ブックカバーチャレンジ」をやってみた! [日々着眼時々思案]



Facebookで7日間ブックカバーチャレンジという企画が回って来ました。まあ、言ってみればチェーンメール的なもので、こういう巣篭もり時代に色々なバトンが回されて来ます(苦笑)。実は最初は気乗りしなかったけど、盟友福田重男氏からのバトンだったんで受けました。やってみたら結構興に乗って面白かった。実は、いま「布川俊樹JAZZ GUITAR オンラインサロン」の立ち上げと大学授業&レッスンのオンライン化準備や実験で、事業収入ほぼ無収入のプータローなのにとんでもなく忙しいんですね。この企画で色々振り返ってみると「自分自身の人となり」がわかる感じで楽しい気晴らしになりました。色々書いたので、その最終回7日めの投稿をブログにも載せることにしました(以下です)。1〜6日めに関しては、このページの最後にリンクを張りました。こういうのは、残しておいた方がいいですからね。


(Facebook投稿より)


福田重男氏からまわって来た
7日間ブックカバーチャレンジも完走、本日最終日 7日めです。読書文化の普及に貢献するためのチャレンジということで、好きな本を1日1冊、7日間投稿し、その都度誰かにバトンを渡していくというもの。

 

ルールは、
①本についての説明はナシで表紙画像だけアップ
②その都度1人のFB友達を招待し、このチャレンジへの参加をお願いする
(ちなみに、この2つのルールは僕は無視しました)


なかなかこの巣篭もり生活の気晴らしに楽しい企画でした。こうやって並べてみると、改めて自分の「人となり」を感じますね。


最終日だから、ちょっと僕が読書に目覚めた時代に衝撃を受けた文学作品を紹介しつつ自分語りします。


高校
1年の終わりか2年になった頃、急に読書に目覚めました。当時僕は「かなり有名な受験校GF」の学生でした。GFってところは表向きには何か自由な感じで、あまりガリガリ勉強超受験校って雰囲気でもないんだな。ところが実は皆、陰ではそれなりに勉強してるわけ(自分も含めてですけどね苦笑)。そのなんか隠蔽されてる感じが当時の僕はすごくイヤだった。まあいま考えれば、自意識丸出しの高2病みたいなもんで、カッコつけて「俺は違うんだ」みたいな気分になってただけだけどね。ジャズ喫茶に通い、バカなことをやり、道化的な気分もありつつ何となくやる気なくて黄昏てる自分に酔う、みたいな感じ。だから後になってみると、自分としては最悪な時代でしたね(自分が何者でもないことに対する焦りだったのかも)。中学の頃はもっとストレートでよかった。大学はホントに好きなことができたから最高だった。

そんな高校時代の気分に完全にしっくり来たのが芥川龍之介。

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あの斜に構えた感じと超頭脳明晰な感じに憧れたわけです。読書が習慣になって、高校大学時代と結構読んだのは、芥川の文庫本10冊くらいを一気に読んだことから始まりました。で、めちゃ影響を受けて、彼がいいと言ってる作家や詩人をとにかく読みましたね。わかってるつもりになってボードレールとかフランス象徴詩、芸術至上主義的なもの。僕はそういうところから芋づる式に本を読んだので、守備範囲はかなり狭い方ですね。特に好きだったのは、彼とやり合った谷崎潤一郎、エドガーアランポー、そして何と言ってもあまりに衝撃を受けたオスカーワイルドでした。

「ドリアングレイの肖像」。もう序文で完全にやられました。最高にカッコいい。僕の人生観、芸術観はこの序文から始まったと言っても過言ではありません。
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(ドリアングレイの肖像 序文)

芸術家とは、美なるものの創造者である。

芸術を顕し、芸術家を覆い隠すことが芸術の目標である。

 

(中略)

 

すべて芸術はまったく無用である。


何と最高の宣言でしょう(これに全くピンと来ない人は、ちょっと僕とアートに対する考え方が違うかも)。

 

30年前、某カトリオでツアー行くと、ペーペーの我々は各地でジャズ喫茶マスターに色んなことを言われました。忘れもしない面白かった逸話の1つ。超酔っ払ったマスターに僕は言われました。

 

「オメーのギターには人生が見えない」

 

当たり前です。人生見せようと思ってやっているじゃないんですから(爆)。

 

彼は正しかったのです。

 

まあ、けなされた、ってことは置いといて。

 

P.S …とは言ったものの、ジャズは、ワイルドの語る芸術とはちょっと違うかな。最近の僕のプレイはかなり「人生が見える」プレイになってる気もします。ちなみに、いま僕は自分を「芸術家(アーティスト)」とは思ってません。あくまでジャズ渡世人です。

 

P.S 2… 最後にインチキしてしまいました(苦笑)。この「ドリアングレイの肖像」を最後に持って来るのは、このチャレンジを始めて直ぐ決めました。で、本棚探すと、やっぱりない(涙)。だから実は昨日散歩しつつ地元の本屋で探してみたら、4軒あたってもなかった(いまローカルな本屋って品揃え大したことないんだな、って改めて実感)。結局、芥川の文庫本を1冊買って帰ったわけです。文庫本買ったの何年ぶりだろ。いま読んだらどう思うのかな。


結局、ドリアングレイのブックカバーはネットから拾って来ました。

お後がよろしいようで(爆)。

●ブックカバーチャレンジ1日め  
「五分後の世界、ヒュウガ・ウイルス/村上龍

https://www.facebook.com/photo.php?fbid=2822027927832666&set=a.484320148270134&type=3&theater


●ブックカバーチャレンジ2日め 
「ホモ・デウス/ユヴァル・ノア・ハラリ
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=2823536114348514&set=a.396141537087996&type=3&theater

 

●ブックカバーチャレンジ3日め
「人間の未来 AIの未来/山中伸弥 羽生善治
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=2825916960777096&set=a.396141537087996&type=3&theater

●ブックカバーチャレンジ4日め

「ヴァリス/フィリップ・K・ディック
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=2827964127239046&set=a.396141537087996&type=3&theater

●ブックカバーチャレンジ5日め
「ジョジョの奇妙な冒険/荒木飛呂彦
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=2830366673665458&set=a.484320148270134&type=3&theater


●ブックカバーチャレンジ6日め
「ザヴィヌル/ブライアン・グラサー

https://www.facebook.com/photo.php?fbid=2832525963449529&set=a.484320148270134&type=3&theater

 


 

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2019年年度末に思うこと「コロナ危機での音楽仕事キャンセルについて」 [日々着眼時々思案]



こんばんは。2020年3月31日、2019年度末にいまの思いをブログに記しておきます。

 

正直、こんな投稿でも若干勇気がいるのですが(嘆)。

 

ライブのキャンセルなどについて。

 

僕としては、3月まではできる限りお店にキャンセルの意向がない限り、ライブはやるつもりでした。ただ4月前半はリーダーライブも多く、色々考えた結果、いくつかのライブは既に中止、また残りの4月ライブもお店と相談の上、適宜どうするかを決定して行くつもりです。

 

まず言えること。コロナに関して東京圏は現在医療崩壊を起こす瀬戸際であるという認識。それには全く同意です。

 

一方で、ジャズミュージシャンの稼ぎの大半は、ほぼ日々のライブとレッスンなのではないかという認識。いまライブとレッスンはかなりキャンセル状態だから、4月の収入は(仮に後半にだいぶ復活したとしても)通常の1/3程度(あるいはそれ以下)にはなってしまうのではと想像します。

 

ジャズミュージシャンの支出は、まあ専業プロでやってる人は月20万(それ以下だと専業プロとしては生活は難しいでしょう。まあ共働きであるとか、独身で実家にいるとかっていうケースもあるので一概には言えませんが)~70万くらいの出費をしている層に、たいていは収まっていると思います(勘でテキトー言ってます。スターの場合にはあてはまりません)。70万支出できる人は、日々のライブだけじゃなくて印税が結構入るとか、レコーディングが多いとか、ポップスのサポートやってるとかそういう人でしょう。

 

こんな状態が仮に5月まで2ヶ月続くとします(その可能性はかなり高いと覚悟しています)。月30万の支出をしている人の収入が月10万になったら2ヶ月で40万の赤字。さあ、そういう収入の時に、例えば若手ジャズミュージシャンに貯金がいくらあるものなのか。自分の駆け出しの頃を考えてもゾッとします。

 

だからです!ミュージシャン(店も)はライブを自粛するのはもちろんよいでしょう。一方で、やむにやまれず仕事をキャンセルできない人はしょうがないと思います。貯金30万しかない人は仕事キャンセルできないでしょ?

 

とにかく、どちらの側だとしても(あるいは中間的な立場の方も)、一方を「許せない」とかいう感じでの発言は寂しいな(いくつかSNSなどでそういう発言は見ました)。ミュージシャン皆、悩みながら色々考えてやっていると思います。

 

もうこれは「コロナ戦争」。闇市があれば人は行く…。そういうことについて僕は何か言う気にはなれません。サバイバルなのですから。

とにかく、このコロナ戦争の1日でも早い終息を心から願います。

そのときは思い切り音楽をやります。

 

皆さま、辛い時期ですが、できる限り明るい気分で新年度を迎えてくださいね。

明日からの新年度、大変革の1年になるのではないか、と思ってます。今後ともよろしくお願いいたします。

P.S…以上の書いた意見は、5日後には全く変わっているかもしれません。今日の意見ということでブログに残した次第です。



 

 

 


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福山、広島にて [日々着眼時々思案]



コロナ騒ぎであまりに気が滅入るので、仕事の相談がてら3/18に東京脱出、広島県に5日間行ってきました。

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まずは心の故郷、ソウルブラザーのドラマーお茶屋さん(佐藤茶)がいる福山へ。ここでサックスの浜ちゃんこと浜崎航ジャムセッションに急遽参加しました。彼は僕がジャズ界で尊敬する数人に入る超人。医師免許を持ち、ダイビングはプロ、漁師に素潜りでの漁を教え(驚)、ゴルフ始めたら1年で80切っちゃう!もちろんサックスは最高に素晴らしい!僕がジャズ界のゴルゴと呼ぶ所以ですね(笑)。


僕は福山は日本有数のジャズの町だと思っています。お茶屋さん始めとして、ジャズを愛する人、自然に音楽を楽しむ人たちがいつも僕らミュージシャンを歓待してくれます。


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3/18に福山DUOで繰り広げられたジャムセッションは忘れられないライブとなることでしょう。その1コマを映像に残しました。浜ちゃんとの一期一会初デュオはバラッド。音楽は素晴らしいです。コロナで最悪なときに、僕らも会場の皆も心底演奏を楽しみました(映像に現れていると思います)。後になってこの映像を笑って見られるときがいち早く来ることを心から願っています。


Body And Soul

/ 浜崎航 布川俊樹 Live at 福山 DUO




福山では2泊して色々浜ちゃんやお茶屋さん、前原さん(最高のベーシストです)と色々今後のジャズについて語り合いました。浜ちゃんの話はとにかく最高に面白い。彼は、ジャズの新しいコミュニティーの形を考えているようでした。こういう頼もしい後輩の存在はホントに嬉しいな。僕らはそれを「ジャズ島」と名付けたのでした。

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そして、福山から広島へ移動してまた2泊。夏にレコーディングを考えている田中民江さんと色々内容相談をしたのでした。民江さんと旦那さんのトッシー先生は、いつも広島でのライブで大変お世話になっている2人です。リハーサルもみっちりやって、だいぶサウンドも見えて来たかな。美味しいものもあまりに沢山食べました(写真はほんの一部です)。友人たちとの楽しい飲み食いは、やっぱり気分変わりますね。

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最終日の午後は広島平和記念公園に行きました。


今回のコロナウイルスパンデミックで、世界も日本も、いままでも、そしてこれからもさらに沢山の犠牲者を出すことでしょう(自分だってどうなるかわかりません)。

それでも人間の営みは続いて行きます。この原爆ドームの写真を上げた僕の気持ちは、哀悼と希望の気持ちが織り混ざったものです。もし、生き残ることができたら(身体的にも経済的にも)、自分の持ち場でミッションを全うして行く、そういう気持ちに改めてなりました。これは2011年大震災後のツアーと同じ気分ですね。


まさに、座右の銘、人間万事塞翁が馬が問われる現在の状況です。


ガンバって生きて行きます。


今後ともよろしくお願いいたします。



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還暦に思うこと [日々着眼時々思案]



しつこく還暦記念ブログを行きますね(笑)。今回が最終回。

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60歳の誕生日を迎えることになって、意外だったんだけど、6月くらいからかなり楽しい気分、ワクワクな感じになりました。全然憂鬱とかじゃなかった。新たな気分がやっぱり還暦にはあるんだな、と思ったわけです。第二の成人、いや20歳になるときより多分楽しかったな。実は、誕生日前に財布なくしてカードやらIDやらあらゆるものを失くして愕然としたのね。でも数日したら、「まーいいや、余計なものはもうこれを機に捨てる。クレジットカードなんて何枚も要らない。断捨離だ!」っていうリセット気分になったんですね(やけっぱちとも言える…苦笑)。

還暦って具体的には、まわりの同級生に退職の話が出て来る、年金の支払いが終わる(笑)、保険関係なども終わったり、そろそろもらえるのも出て来る、大学の定年とかも見えて来る(爆)etc.…、そういう年頃です。人生の節目に、自然に新たな人生どうしようかって気分になる。そういう機会にせっかくだからイベント的なことをやりたいと思って、エイヤーとやったのがVALIS REUNION LIVE。そうしたら、思いもかけず6月にヤボちゃん(矢堀孝一)がヴァーチュオーゾで還暦ライブイベントを2回もやってくれて赤ちゃんちゃんこ着て(笑)、7/29誕生日当日は代官山レザールでの大どんちゃん騒ぎ還暦記念パーティーライブ。結局4回も充実したイベントをやることになりました。どれもホントに友人や音楽仲間、新旧生徒、ファンetc. が集まって祝福してくれた。

そして前回ブログに書いたように、8/1のモーションブルーのイベントは演奏も盛り上がって大成功。僕自身もこういうイベントをVALISで行なうことができてホントに嬉しかった。

このライブに備えて過去のVALIS音源を改めて聴いたり練習したりしていて思ったことは、ここに「自分が音楽家を志した原点」があるということでした。

VALISの楽曲は基本全曲僕のオリジナルなんですね。数えてみたらレコーディングしたオリジナル曲が35曲。それ以外にレコーディングしてない曲も合わせると40曲以上はある。口はばったいですが、この音楽が僕の音楽コンセプトそのものなんです。僕はジャズギタリストって範疇で認識されてると思うし自分でもそう言ってるわけですが…、まあ世界であまたいるそこそこ弾けるジャズギタリストだと自分では自覚しています。自分としては、それよりも、このVALISのサウンドこそが僕らしいっていうか、他では聞けない布川じるしのサウンドだって思ってます。だからよくシンガーソングライターって言いますけど、ギタリストソングライターなんじゃないかな、ってこの間気がつきました。

今回ライブをやって思ったことは、とにかくVALISのライブは曲ありき、かつメンバーが揃って成立するもので、ある意味ロックバンド的なスタンス。そういうことを僕はやりたかったんですね。一方、ジャズギタリスト的側面っていうのは、あくまでもギタリスト個人のプレイに焦点があたっていて、まあスタンダードとかやってるんなら、曲は何でもいいっちゃあ何でもいい。別に僕ごときがやらなくてもいい(笑)。

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プロになろうと思ったきっかけは?って聞かれることがよくあります。そのときに僕は「ナイトパッセージ」発売前のウェザーリポートのコンサートを観たことって答えてます。あまりに大感動してすぐ次の公演のチケットを帰り際に買った。「こんなバンドをやる!」って大学生が生意気にも思ったわけだ(笑)。ちょうど同じような時期に初めてジョンスコフィールド大師匠も初めて観ます。日野さんの「シティーコネクション」のときのコンサートでした。これもやられた。それからは、僕の目標は「ウェザーのようなサウンドでジョンスコみたいなギターを弾く」っていうコンセプトになった。それで音楽仕事を始めた頃にデモテープを作るわけです。

最初ははっきり言ってウェザーのマネでしたね。Young And Fineもどきの曲を書いて満足してました(苦笑)。でもあるときからそれじゃあダメだ!って思ったんですね。そこからが自分のサウンドの追求でした。僕は中学生の頃、音楽にハマり始めた頃のロックサウンドをミックスすることを考えた。そのあたりが新P朝の部での布川俊樹GroupからVALISへの移行の時期です。アフリカ音楽とかもよく聴いてた。だからウェザーとかジョンスコとかハービーとかそういうのはメチャ好きだったけど、そういう影響と同じような割合でポリスとかツェッペリンとかをまた聴くようになった。そういうことをやってるうちに自分のやりたいことがはっきりして来たってところかな。

で、僕は20代半ばまでには、かなり曲も書いていたし、サウンドには自信があった。まあ若くて鼻っ柱も強かったんでしょうね。とにかく「このバンドは売れるはずだ」って確信してました(苦笑)。ところがなかなかチャンスには恵まれない。結局 VALIS結成から91年ファーストアルバムまでは6年もかかるわけです。90年代は3枚アルバムリリースして一番ライブもやってた時代かもしれない。バブル崩壊して出て来たバンドだけど、当時はライブ状況もよかったし六Pで大体席が埋まるくらいは毎回入ってた。でもCDは3~5千枚くらい(ファースト出す前に出した教則ビデオが1万本以上売れてたからCDの売り上げには正直ガッカリした)。いまだったら悪くもないレベルだけど、当時はこれではブレイクには程遠いし、僕が目指したところではなかった(コンサートホールでやるようなバンドになりたかった)。

一番自分らしいサウンドだと思っていたVALISはそんな感じで、98年に金字塔とウルトラマンジャズとか出したら両方とも2万を越えるジャズ界では大ヒット。で、満を持して臨んだLA録音「ディパーチャー」や苦労を重ねた(実現まで色々トラブった)VALISライブ録音「ヒエログリフ」を出すとやっぱりそれほどは売れない(苦笑)。特に後者は売れなくて、もう存続させるエネルギーがなくなってVALISを解散することにしたんですけどね。要は自分が自信があったところで成功はせず、予想外の教則本や企画ジャズで売れる。で、僕は「ウルトラの人」あるいは「金字塔の人」になって大学の先生にもなった。一方でいまは「ジャズ渡世人」を名乗って求められれば何処にでも行く(笑)。

いま振り返って考えると、自分がアーティストとして成功するには何かが足りなかったんでしょうね。僕の人間力や淡白さもあったかもしれない。でもそれはそれでよかったと思ってます。人生はすべて他者との関係性だし、最初に自分が思ったようには進まない。色々な関係、状況とともに僕のここまでの人生があった、ってことです。人間万事塞翁が馬っていうのが僕の座右の銘なんですけどね。今回のライブでも、僕は素晴らしいバンドメンバーに助けられてこういうサウンドを作り出していることが心底よくわかるわけです。譜面ひとつとってもそう(苦笑)。若いときはあまりそう考えなかった。こんな好きなことをし続けて何とか食えてるだけでありがたい、そう思うようになりました。

とにかくここまで実に楽しい音楽人生だったと思います。あとはね、また違った気分で新たなことをやって生きたいなって思います。


最後に、わざわざお客さんとして観に来てくれた尊敬するバンジョー、ギター奏者の有田純弘さんからFacebookで頂いた大変光栄なメッセージを引用します。


「音に酔う」とは昨夜のようなことをいうんでしょうね。日本が世界に誇る布川ミュージックでした!会場にいた皆んなが布さんを誇りに思っていたでしょう。僕は間違いなくそうですよ〜。しかしそれにしても昨夜は凄い音楽が聴けたものです。


何と嬉しいお言葉!長い間やってきてよかった。この言葉だけでミュージシャンやって行けます。どうもありがとうございました。一層精進いたします。


皆さま、今後ともよろしくお願いいたします。

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還暦マイナスワン師走の雑感 [日々着眼時々思案]



皆さま、こんにちは。2017年も残り10日となりました。今年はもう忙しくありません。来年戌年は人生6回め(1回めは記憶なし)、つまり還暦であります。


来年節目の年に向けて、最後の50代の1年をちょっと振り返ってみます。自分のための備忘録ですね。


この1年はかなり長く感じています。昨年暮れはずいぶん前のことに思える。公私ともに相当色々なことがあったし、充実した自分の活動ができたってことじゃないかな。


リーダーアルバムリリースに関しては、ベスト盤含めて5枚出しました(もし、お蔵入りの「ゴジラジャズ」をリリースできていたら何と6枚だったんですけどね。1年前はかかりきりな仕事だったもんな…涙)。2月の「布川俊樹SJP TRIO Live〜天空の滝」に始まり、5月に「ウルトラマンジャズヴォーカル&ピアノ」「ウルトラマンジャズベスト」、日本のウクレレ界の巨匠、キヨシ小林さんとのデュオコラボアルバム「キヨシさんとぬのさん」、そして9月には盟友福田重男とのデュオ 2nd「Old Boys' Dreams」。このアルバムは彼と作ったBacchus Labelという自主レーベルでの初作品となりました。慣れないレーベル仕事も勉強になりました。何せツアー中に二日酔いの朝に納品書書いてCDを発送したりしてるわけですから(苦笑)。僕の50代までのキャリアでリーダーアルバムは通算22枚。こんな歳になって、こういう活動ができていることには本当に感謝しています。



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そして、2015年にリリースした「DuoRama Standards」完全対応自主制作教則本「布川俊樹の The Standard Jazz Guitar」も引き続き値下げ価格1,200円で販売しています。この教則本、SJP TRIOライブ盤、福田氏とのデュオ作品は郵送販売も行なっておりますので、興味ある方は是非

n-valis@da2.so-net.ne.jp まで御連絡くださいね。


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ライブ活動、否、渡世人活動(?)も引き続き充実しました。SJP TRIOでは春秋2回のツアー。福田氏とは夏のツアー、そして渋谷大和田ホールでのウルトラマンジャズのイベントコンサート。その他、全国各地で様々なライブがありました。


大学せんせー業は早18年となりました。野球選手だったら大ベテラン。そこそこ古株なんで、色々雑事やっております(担任の先生みたいなことまでやってる。あ、それは雑事とは言わないか…苦笑)。それはそれで、いままで経験したことなかったから人生の糧となってる気がします。多分あと約5年、変化をつけて面白いことをやりたいですね。


カブ栽培は、今年はいままでで最も調子のよい年でした。考えてみて当初の目的は達したんだよな。自分のやり方はだいぶ固まったし、何と言っても身を律することは断然できるようになった。この投資を始めたことで、人生の考え方が色々整理されて来たことも多いと感じてます。一言で言えば、投資は未来への積極的行動であり、判断と決断です。そしてその結果に対するメンタルは、それこそ人間万事塞翁が馬やっててよかったですね。何かと大変な音楽家人生の心の支えにもなっています。今年はカブ大学も卒業しようかな、と一瞬思いましたが、まだまだ初心忘れず、趣味の「カブ栽培人」として次の目標に向けてガンバッて生きます(笑)。


プライベートでは、何と言っても息子の大学合格が嬉しかったなあ。最近は車の運転指導してます(笑)。



来年以降のことを書きましょうか。いまあれこれ考え始めたところかな。


前回の戌年が終わって翌2007年正月にHP「俊樹の部屋」に書いた投稿があります(現在、その投稿が最終回になってるんですが…苦笑)。まだ40代最後の頃でした。そこで僕は「60歳で死んじゃうと思って生きてみる」って書きました。このページ、PCからは読めますが、iPhone, iPadからは読めないので引用してみましょう。



(07.1.1アップデイト「俊樹の部屋」より)

実は去年ずっと何となく考えていたことがあります。それは60歳で死んじゃうと思って生きてみるということです。実際、かなり死んでもおかしくない年齢ですよね(笑)。これは、でもあせってスーパーアグレッシブにやるという意味ではありません。まあ「覚悟」と言いましょうか。僕ら音楽家の実際はピラミッド構造です。どういうピラミッド構造かと言うと年齢が高くなるに連れてやっていけるミュージシャンの数は減って来る、というあたり前のことです。僕が仮に70歳まで生きるとして、60歳以降に現役でミュージシャンをやっていられるのは、相当な生存競争を生き抜いていかないといけないでしょう。もちろん、老後保障などはほとんどありません。退職金もない。思うのは「たぶん60歳まではやっていける。ただその後はわからんぞ。全然仕事なくなって貧乏になる可能性もかなりある(笑)」ってこと。それはやはり不安ではあります。でもね、「60歳で死んじゃうよ」って考えると意外に楽なのね(笑)。あとはおまけの人生。それがいい感じだったら超ラッキー!!みたいに考える。「老後は明るく」症候群からの脱皮です(究極のメンタルコントロールですな…笑)。それでだ、次の干支が来るまでの12年間、60歳までにホントに、いままで作り上げてきた「僕の音楽家としての位置」から何か色々な可能性をですね、試してね、別のこともやってみたいし、もちろんいままでの延長上にあることもより成熟させたいと思ってるわけです。2年に1枚アルバムを出すとして自分のオリジナルアルバムは6枚ですよ(大体こんな考え方自体が古いかもしれない。12年後にパッケージングされたアルバムがまだあるのか?って疑問もある。これからの12年間はほんとに音楽の発信方法、ビジネスとしてのお金の回収方法がドラスティックに変わる時代となるでしょう。プロの音楽家がどう成り立っていくのか?わからないことだらけの今後です)。気合い入れてやらにゃー。



改めて読んでみると面白いな。いま実際にその年齢目前。まだ多分死にません。色々な音楽活動をしてきたし、アルバムは07年以降結局12枚出しました。数年前は、生きてるうちに20枚はアルバム出したいと思ってた(CDってものがどうなるかわからないから少なく見積もったんだけど)。それは今年アッと言う間に達成しちゃった。こりゃー上方修正と言えるでしょう(笑)。ただ、10年以上前に語っているように、震災挟んで色々やり方は変わりましたね。ほとんどいまは自分で作る自主制作をまずは考えるようになった(そういう活動のためにも投資は重要です)。


とにかく、ここからが何か面白いことができるような気もしてるんだな。


まず言えることは、還暦ライブはやりたい!それも色々なヴァージョンをやりたいな。


そのためには、やっぱり健康第一。実は、11月からずっと嗄れ声になってしまったんです。風邪っぽくないからイヤな予感がしてお医者さんに行ったら喉のポリープ。ひょっとしたら来年は手術もあるでしょう。さすがに60だからいままでみたいな無茶は厳しいのかなあ…、でも、まあ酒は…(苦笑)。とにかくこれからはよりケアが必要なことは自戒しないといけない。


ジャズ渡世人活動は来年ももちろん続きます。僕が渡世人を名乗り始めたのは、2011年大震災以降。何かアーティストって気分じゃなくなっちゃった。自分でできることを求められるなら、何処でも行って何でもやる、そういう想いだったわけです。とにかく「生き抜く!」。それは、自分一人ではできないこと。お世話になる方々と自らの運に常に感謝しつつ自分の果たせるミッションを遂行すること、それが渡世人の矜持なのです(ちと大げさか…笑。他に人には言わない意味もあります)。


実はあと2年後に個人的な目標があるんです。それに向けてジャズ渡世人としてもカブ栽培人としてもひと勝負ってところかな。


まあ、ガンバッて生きますよ。でも常に力は抜いて

柳に風!でね…(笑)。



今後とも何卒よろしくお願いいたします。


よいクリスマス、よいお年を!






 



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ボブディラン氏ノーベル賞受賞スルーをジャズギタリストが語る… [日々着眼時々思案]


こんにちは。ようやく秋っぽくなって来ました。でも直ぐ冬っぽくなっちゃうのかなあ…。Facebookで書いた投稿を推敲してブログにアップしました。

さて、久々に日々の雑感、チョー駄文ですが。ボブディランさんのノーベル賞受賞について思うことを。彼の音楽は好きだけど大体アルバム4枚くらいしか持ってないし(そのうち2枚はベスト盤)、ライブ観たことないし、全くファンとは言えない。初めて彼のことを知ったのは中2くらいの頃の映画「バングラデシュコンサート」だったかなあ。ジョンレノンの回想本とかでもやたら出て来て、ディランっていうのは偉いんだな、って何となく思ってた。ザ・バンドの解散コンサート映画「ラストワルツ」での彼も実に印象的だ(ちなみに、ライブハウス「ラストワルツ」オーナーでしおさいレーベル代表の石原氏なら僕の100倍はディランについて語れるだろう)。



ただ、今回のノーベル賞スルーはかなり面白いな、と思って野次馬ってます。これ、スウェーデンでの受賞式も何事もなかったようにスルーしたらもう「最高の世界の渡世人??」な感じで僕的には大喝采(爆)!


で、世界の何たらとは全く関係がない一介の日本ローカルジャズ渡世人ギタリストが、この状況でのディランさんの心持ちを、世俗な僕の人生にも起こる心持ちと比較してちょっと想像して箇条書きにしてみると



(1)心底興味がない。余計なことに気持ちを惑わされたくない。その人生観を守るべく一切関わらないと決めた。


(2)(1)よりもっと強い憤り。「欲しくもない賞を上から目線でよこしやがって!何でわざわざ授賞式出たりスピーチしなきゃいけないんだよ、勝手にノーベル好きでやってろ!」みたいな(笑)


(3)実は迷っている(あるいはホントは欲しい笑。だからいまの段階で拒否という決定はしない)。迷いのポイントは、賞をもらうといままでの自分のイメージが崩れる危惧にある。あるいはもっと根源的にノーベル文学賞の意味を考えている。


(4)もらってももらわなくてもよいが、いまはコンサートなどに集中しており、二の次になっている。これはまさにペンディングってやつ。



凡百ギタリストが思いつくのはこんなところかなあ。「実はものすごく欲しい」っていうのも書こうともしたけど、その場合はやっぱりすぐ受け取るだろうからたぶんないんだろう(笑)。


ただ、人生やってりゃ(笑)皆さんも経験あると思うけど、こういうことって「時間の経過」っていうのが重要だよね。もうこの「スルー」は既に強力に独り歩きし始めてる感じがする。ディランに「世界の渡世人(権威側に行かない)」を勝手に期待する僕のような野次馬もかなり多いだろう。一方で、この「スルー」を「何と無礼な態度だ!受け取らないなら拒否の表明すればいいじゃないか」と不愉快に思ってる人たちもそれなりにいるような気もする(あまりまわりでは聞かないけど)。


で、確か授賞式は12月。 仮に彼が11月中旬に意見表明したらどうだろう?そのときに改めて拒否するのはありだと思うんだけど。「1ヶ月ずっと考えてみてやはりこれは僕は頂く種類のものではない」と言う感じだ。でももし逆の場合、「ずっと迷ったんだけど、せっかくなので頂くことにした」はかなり難しくないか(寂しい感じ)?ちなみにその場合、勝手な期待をしている僕らは相当ガッカリする感じだな(もちろんどうでもよい外野の態度だけど)。


何かこういうことって、ちょっと仕事やら色々な返事をペンディングしてるときに起こる状況の世界的にでっかいヴァージョンのような気がするわけでした(笑)。


まあ超外野だしどうでもいいんですが、拒否表明もせずずっとスルーが一番面白いなあ。それこそ「あっしには関わりのないことで」っていう渡世人の態度であるからだ。


皆さんはどう思いますか?




P.S 1ボブディラン大ファンの方には大変失礼な投稿だったら何卒お許しを。


P.S 2…せっかくだから上記のザ・バンド「ラストワルツ」の映像貼っておこーっと。関係ないけどジョニミッチェル若い!

https://www.youtube.com/watch?v=Fvp3-WPul4I


P.S 3ミーハーのオイラは、この投稿をした後急にボブディラン聴きたくなって、車で超久々に聴いたら大感動。Just Like A Womanとか音程あるんだかないんだかみたいな歌い方がタマらん…。何かマネして一緒に歌いたくなっちゃう(笑)。やっぱり声の力だなあ。タンブリンマンとか風に吹かれてとか改めてホントにいい曲。



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FLOAT LIKE A BUTTERFLY AND STING LIKE A BEE [日々着眼時々思案]


20世紀最高のカリスマアスリート追悼投稿です。


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FLOAT LIKE A BUTTERFLY AND

STING LIKE A BEE

 

6/4にFacebookに投稿した記事を推敲してブログにもアップいたしました。


(6/4記)


マルタさんの広島県福山市神辺町コンサート大盛り上がりで無事終了して、岡山空港近くの温泉に移動。ひとっ風呂浴びて、NHKのビートルズの日本公演秘話を見ている。


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ビートルズ(特にジョン)の記者会見やインタビューの発言って子供心に憧れたものだった。それこそは僕にとってロックだった。そのビートルズが当時の世界ヘビー級チャンピオンが練習しているジムを訪れた映像が残されている(僕はVHSで持っていて、家の何処かに眠っている)。まだカシアス.クレイの頃なのかな。そのカリスマ性、発言はジョンと同様まさにロック、子供心にホントに痺れた。彼は予告KOを繰り返すから、確か公聴会か何かで、八百長なのではないかと疑われて弁明をさせられた。彼は言った。「次の試合で八百長でないことを証明する。◎●ラウンドで次はKOだ!」うろ覚えだけど、そんな感じだったんじゃないかな。最高のかっこよさですよ!アメリカとソ連の宇宙競争華やかしかった60年代前半、試合前に相手のことを聞かれて「あいつは俺のパンチで宇宙に飛び出して軌道を回るのさ」みたいな発言も。モハメッド.アリと改名してから、差別的な発言をした相手に、試合中ずっと「What's my name?」と言いながらぶん殴り続けた試合。最高だな。

 

リアルタイムで試合を見始めた70年以降のファイトも変貌遂げたマイルスみたいではあったけど、後になって見た若い頃のボクシングは、ヘビー級とは思えないスピードと軽やかさ、実にグルーヴィーだったなあ(彼がソウル系の番組に出てダンスやら歌やらやってるのもハマってたな)。

 

ジャズでそういうとにかくカッコよくてカリスマな存在はマイルス.デイヴィス以外あり得ない。マイルス、ジョン.レノン、そしてモハメッド.アリ。僕の価値観を作った60年代、70年代のカリスマが次々と消えて行く。

 

僕の人生における最大の逆転劇「キンサシャの奇跡」、そして高校からの帰り道に猪木アリ戦予想を悪友同士であーだこーだ言ってたのがいまフラッシュバックしている。

 

改めて、20世紀最高の偉大なカリスマアスリートの死を心より悼みます。合掌。


 

(6/7追記)


モハメッド.アリに痺れ、20代の頃、彼のようなイメージ(かっこよさ、スピード、千変万化、ドラマ)を持つ曲を書きたいと思った。「蝶のように舞い、蜂のように刺す」というアリを形容した有名なフレーズから曲のタイトルを取った。「Ali's Dance」!


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僕のリーダーアルバムで人の名前を冠している唯一のものだ。僕が「かっこいい!」(僕にとって最高の価値観)と心底感じた存在こそがモハメッド.アリだったのだ。

 

僕はこの曲が出来たとき、初めて自分ならではのサウンドができたと感じることができた。以下URLは2012年VALISリユニオンライブ演奏映像。録音はかなり悪いけど、熱い演奏は伝わると思う。曲のエンディングは僕にとって「キンシャサの奇跡」の逆転KOです(笑)。

 

https://www.youtube.com/watch?v=ye-Dt2-muxw


 


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